慶應義塾大学病院 形成外科学教室 慶應義塾大学病院 形成外科学教室

はじめに

形成外科では、褥瘡(じょくそう、床ずれ)や難治性潰瘍(皮膚が欠損している状態が治らないこと)に対する治療を行っております。
皮膚は生体の表面にあり、体内の水分の保持や病原体の侵入に対するバリアの役割を果たす重要な臓器です。褥瘡や潰瘍はこのバリアが破綻した状態であり、特に高齢者や糖尿病患者さんなど免疫能の低下した患者さんにおいては、致死的な感染症や脱水・出血の原因となる危険性があります。また、褥瘡や潰瘍からの滲み出しの管理は患者さんにとって大きなストレスとなり、日常生活の質を大きく低下させる原因となります。
「お尻に褥瘡ができてしまった」、「脚のきずが1カ月経っても治らない」等、お困りの方は形成外科の受診をお勧めします。

褥瘡とは

褥瘡とはどういったものでしょうか。次のように定義されています。

「圧迫、摩擦とずれ、湿潤といった外力が骨突出部位に加わり皮膚の血流が途絶え、組織障害を起こした状態」
(AHCPR;
Agency for Health Care Policy and Researchによる定義)

「持続的な圧迫によって発生する皮膚および皮下組織の損傷のすべて」
(NPUAP; National Pressure
Ulcer Advisory Panelによる定義)

「一定の場所に一定以上の圧力が一定時間以上加わり続けることにより、局所皮膚の血流が途絶え、阻血性壊死が生じて発症する皮膚潰瘍」(宮地らによる定義)

つまり、ある部位が持続的に圧迫されることによって、その部位の血液の循環が悪くなり細胞および組織が死んでしまう状態のことです。寝たきりの患者さん、四肢の麻痺を持患者さん、長い手術で一定の体位のままでいた患者さんなどに発生します。特に、風邪をひいたり体調を崩したりした時期に発生することが多いため注意が必要です。

褥瘡の診断

褥瘡の評価を行うに当たり、様々な診断スケールが用いられます。褥瘡を発生させる因子ごとに点数をつけて総合的に評価するものが一般的です。褥瘡ができてしまった時点で状態を評価することは、その後の治療につながるため重要となります。
ここでは、褥瘡発生時の深さによる分類を紹介します。当然、深い褥瘡ほど治りにくく、治癒までの時間を必要とします。III度以上の褥瘡を管理するためには、褥瘡を作ることになった原因を除去するのみでなく、専門的なきずの管理が必要となることが多いため形成外科を受診することが望ましい状態です。


褥瘡の管理

医療者や患者さんの家族は、褥瘡の治癒過程を補助することはできますが、実際に治癒過程を進めるのは患者さん自身の治癒力以外にはありません。従って、褥瘡の管理においては、褥瘡を発生させる要因や創傷治癒を阻害する因子を除去し、治癒に有利な環境を整えるよう配慮することが重要です。
褥瘡が発生する背景には必ず原因が存在します。体動の制限や不適切な寝具、皮膚の汚染や浸軟などが挙げられます。個々の患者さんにおいて、その原因を正確に見極め排除することが予防につながります。
いったん発生した褥瘡が治癒するためには、炎症反応の鎮静化、肉芽組織の増殖と創収縮、上皮化という過程をたどる必要があります。その過程は数カ月間を要するため、根気強く管理を継続することが重要です。

褥瘡の治療

褥瘡治療の原則は、治癒の障害となっている因子を除去し、治癒に有利な環境を整えることです。後に述べる「TIME」という頭文字に集約される局所因子の整備に加えて、患者さんの栄養状態や糖尿病の血糖コントロールなど全身的な問題も含めて考える必要があります。必要に応じ皮膚科、内科、リハビリテーション科、皮膚排泄ケア(WOC)認定看護師、栄養課などと連携して治療にあたる体制をとっています。
形成外科は皮膚疾患の手術治療を行う専門科ですが、褥瘡に関しては手術を行う機会が以前よりも減少する傾向にあります。手術治療がうまくいくかどうかの背景には上述のような局所および全身的要因が大きく関与しており、それらの管理を行う技術の進歩によって手術以外の方法で治癒させることが多くなったという事情があります。

創部局所環境の整備:TIMEという概念

褥瘡を含め、創傷を治癒させるためには局所の環境が整っている必要があります。TIMEは治癒を阻害する因子をまとめ、頭文字をとったものです(G Schultsら、2003年)。
形成外科では、これら基本的な概念に基づき、個々の患者さんの状態を丁寧に評価し治療をおこなっています。

TIME 対策
T for tissue nonviable or deficient
活性のない組織=壊死組織、異物の存在
壊死組織や異物の除去
I for infection / inflammation
感染または炎症
膿瘍の開放、炎症の鎮静化
M for moisture imbalance
湿潤のアンバランス=滲出液
洗浄、適切な創傷被覆材、持続陰圧吸引療法など
E for edge of wound, nonadvancing or undermined
進まない創縁、皮下ポケット
皮下ポケットの開放、創縁のリサーフェイシング、植皮手術など


難治性潰瘍とは

何らかの原因で創傷治癒過程が進まず、治療してもなかなか治らない潰瘍(皮膚がない状態)のことを難治性潰瘍と呼びます。どの程度、どれくらいの期間治癒しないものを指すかについては明確な決まりがありませんが、通常は2~3週間経っても治らない潰瘍のことを言います。
難治性潰瘍には以下のように様々な種類のものが含まれ、前述の褥瘡も難治性潰瘍のひとつと言うことができます。

難治性潰瘍の種類・原因

褥瘡
糖尿病性(神経原性)潰瘍
静脈うっ滞性潰瘍
動脈性(虚血性)潰瘍
膠原病に伴う潰瘍
放射線潰瘍
薬剤漏出性潰瘍
その他

難治性潰瘍の治療においても、治りにくくしている要因を抽出し、それを除去するという原則が重要です。近年、社会的な関心と相俟って難治性潰瘍の治療のための道具は飛躍的な進歩を遂げています。専門的知識とそれら有用なツールを駆使して、患者さんのために最善となるよう治療にあたっています。
また、糖尿病に伴う潰瘍、動脈性潰瘍、静脈性潰瘍などの多くは膝より下の足に発生します。これらの患者さんを治療するためには多くの診療科の連携が不可欠です。そこで当院では、形成外科だけでなく血管外科、整形外科、皮膚科、リハビリテーション科、循環器内科、腎臓・内分泌・代謝内科、WOCナース、栄養課などから成る「フットケアチーム」を結成し、密な連携をとりながら治療に取り組んでいます。

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© 2019 Department of Plastic and Reconstructive Surgery, Keio University School of Medicine