慶應義塾大学病院 形成外科学教室 慶應義塾大学病院 形成外科学教室

はじめに

外傷や手術によって皮膚にできた創傷(きず)は、通常2週間以内に治癒しますが、その後も約半年間にわたり変化を続けます。約1カ月後には硬くなって赤みを帯びますが、その後、数カ月間かけて徐々に軟らかくなり、色調も周囲となじんでいきます。その過程を「創傷治癒」と呼びます。
ところが、何らかの理由によって正常な創傷治癒の過程が障害を受けると、きずが治らずに慢性化したり、異常な治り方をしたりすることがあります。その一つが肥厚性瘢痕やケロイドと呼ばれるものです。
肥厚性瘢痕・ケロイドは、外傷や手術による創傷が、数カ月(長い場合は数十年)のうちに硬化して盛り上がり、かゆみや痛みの症状が出現した状態です。きずあとが関節にまたがるような場合には、関節の拘縮(ひきつれによって曲げ伸ばしが障害されること)をきたし日常動作に不自由が出ることもあります。肥厚性瘢痕やケロイドの患者さんはこれらの症状で日々苦しんでいますが、これを病気の一種として認識せず、誰にも相談できないでいることが少なくありません。
当院形成外科ではこれらに対する治療を行っていますので、お気軽にご相談ください。

担当:荒牧典子(外来:水曜日) 岡部圭介(外来:金曜日)

肥厚性瘢痕、ケロイドとは

肥厚性瘢痕とケロイドは互いに似ていますが、異なる疾患と考えられています。
肥厚性瘢痕はもともと存在したきずあとの範囲を越えて拡大することはなく、その部位で隆起・硬化します。一方、ケロイドはもともと存在した範囲から徐々に水平に拡大する傾向があり、周囲の皮膚には発赤を認めることが多いという特徴があります。また、肥厚性瘢痕は長い時間をかけて自然に縮小することがありますが、ケロイドは徐々に拡大し続け、自然に治ることはほとんどありません。顕微鏡の検査で特徴的なコラーゲン線維の束(thick eosinophilic collagen bundles)を認めることもケロイドの特徴の一つであると言われています。
一般的には上記のように考えられていますが、実際にはその中間的な性質を持つ病変も数多く存在し、肥厚性瘢痕とケロイドを区別することが難しい場合があります。

病因

肥厚性瘢痕やケロイドはなぜ発生するのでしょうか。その詳しい原因は不明です。しかし、患者さんにはある程度共通した特徴があることが分かります。
まず、「ケロイド体質」という言葉の通り、個人の体質が関連していることが知られています。同じような怪我や手術を経験しても、肥厚性瘢痕やケロイドを生じる人、きれいに治癒する人がいます。この体質は遺伝することがありますが、遺伝しない場合もあります。また、同じ個人であっても、小学校高学年~思春期に生じやすく、高齢になると生じにくいという年齢的な要素もあります。肥厚性瘢痕・ケロイドも一種のアレルギーと考えられ、アトピー性皮膚炎や喘息などと同様に個人の免疫学的活動性が関連しているものと思われます。
次に、同じ個人でも身体の部位によって肥厚性瘢痕やケロイドを形成しやすい場所、しにくい場所があります。前胸部、背部、下腹部、耳などは生じやすく、手掌や足底、顔面、頭部、下腿などには発生しにくいと言われています。
さらに、皮膚にかかる力学的緊張や炎症の強弱との関連も指摘されています。外傷や手術後(特に1~2カ月のうちに)、活発な運動によって皮膚伸展が反復された場合や、きずあとが化膿して治癒するまでに時間がかかった場合などには肥厚性瘢痕やケロイドが生じやすいことが知られています。

治療

予防

肥厚性瘢痕やケロイドの原因は不明ですが、外傷や手術後の皮膚にかかる緊張を減じる工夫やアレルギーを抑える治療を早期に開始することによって、発生をある程予防することができます。
以前の手術で肥厚性瘢痕やケロイドができてしまった患者さんについては、外科や産婦人科で手術を受ける前に形成外科を受診していただき、手術の際には、最後に皮膚を縫合する手技を形成外科が担当することがあります。また、きずが硬く盛り上がりつつある場合には、外来で早めに後述のテープや注射を開始することによって、進行を最小限に留めるための治療を行うこともあります。

抗アレルギー薬の内服

肥厚性瘢痕やケロイドの発生・進行やかゆみ・痛みなどの症状には、アレルギー反応が関与しており、抗アレルギー薬を内服することによって症状の減弱効果があることが知られています。

ステロイド含有テープの貼付

副腎皮質ステロイドには多彩な作用があることが知られていますが、皮膚においては炎症を抑制する効果、組織を萎縮させる効果などがあります。肥厚性瘢痕やケロイドの部分に常時テープを貼付することによって、かゆみ・痛みの症状軽減、盛り上がりや発赤の改善などの効果を認めます。
効果が出始めるまでに約1カ月を要すること、病変から正常皮膚にはみ出して周囲皮膚の不要な反応を起こさないようにすることなどの注意点があります。

ステロイド薬の局所注射

ある程度の厚みがある病変では、テープの薬効が深部まで届きにくいという難点があります。そこで、ステロイド薬を瘢痕の中へ直接注射する治療法があります。通常3~4週間に1回の頻度で外来へ通院してもらい注射を行います。肥厚性瘢痕の多くは1~2回の注射によってかゆみや痛みが軽減し、病変が平坦化します。周囲へ拡大する傾向のある活発なケロイドの場合には複数回の注射を必要としますが、徐々に平坦化する場合がほとんどです。
肥厚性瘢痕やケロイドの皮膚は知覚が過敏になっていることが多く、また硬い組織へ注射を行うため、かなりの痛みを伴う治療です。患者さんによっては、痛みに耐えかねて治療を中断してしまう場合もあります。そこで当科では、硬い病変へ注射する前に周囲皮膚に局所麻酔の注射を行うことによって全体的な痛みを最小限にするよう工夫しており、多くの患者さんに満足していただいております。

手術・放射線療法

病変の範囲が広くない場合には、手術治療によって肥厚性瘢痕やケロイドを切除する場合があります。しかし、手術を行ったきずが再び肥厚性瘢痕やケロイドになってしまう可能性があり、問題となります。
そこで当科では、手術の際の工夫で皮膚に直接力学的緊張がかからないようにすること、手術後のテーピングによる創部の安静、抗アレルギー薬の内服などにより再発を予防しています。また、再発の可能性が高いケロイドの場合には、放射線科と連携して手術後に電子線を照射することで再発を予防しています。

肥厚性瘢痕やケロイドの治療は長期間にわたることが多く、患者さんの苦痛や不安も大きいものです。形成外科では、上記のような治療を組み合わせることによって個々の患者さんに合った治療を行っています。少しでも患者さんの力になれればと考えております。

腹部の腹腔鏡手術後に生じた肥厚性瘢痕
前胸部のケロイド

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© 2019 Department of Plastic and Reconstructive Surgery, Keio University School of Medicine