慶應義塾大学病院 形成外科学教室 慶應義塾大学病院 形成外科学教室

顔面神経麻痺とは

顔面神経は主に顔の表情を作る筋肉(表情筋)の運動を支配している神経で、この神経が麻痺すると多彩な症状が現れます。表情筋への各分枝の麻痺は、側頭枝では前頭筋の麻痺により眉毛や上眼瞼が下垂して、眉毛の位置が下がり左右でずれたり、覆い被さった上眼瞼のために視野が狭くなり物が見えずらくなります。頬骨枝では瞼輪筋が麻痺して瞼が閉じなくなり、角膜が露出し乾燥して角膜炎や角膜潰瘍を引き起こし、失明にまで至ることがあります。また、下眼瞼が緩んで外反を引き起こし、眼痛や涙目を生じます。頬枝では口角や上口唇を引き上げることができなくなり麻痺側の口唇が下垂して、鼻と口の横の溝(鼻唇溝)が消失したり、左右非対称のいびつな表情となります。また、充分な閉口ができなくなり、食事の時に食べ物が漏れてこぼれたりします。下顎縁枝では口角・下口唇を引き下げることができなくなり、下口唇は健側へ引っ張られて非対称の口唇形態を生じます。すべての神経が麻痺すると日常生活に大きな支障をきたします。

顔面神経麻痺の原因は?

突発性(ベルl麻痺・ラムゼイハント症候群)、外傷(顔面外傷、分娩障害)、腫瘍切除後(耳下腺腫瘍、小脳橋角部腫瘍など)、先天性などが代表的です。頻度の高いのはBell麻痺ですが、多くは薬物などの保存的治療でかなりの程度まで回復します。外傷や腫瘍切除後によるものは、神経切断や神経損傷の程度が大きいものが多く、保存的治療だけでは回復が悪く手術を要するものが多くあります。

顔面神経麻痺の治療は?

形成外科では、神経自体を修復する手術や麻痺による障害が残ってしまった患者さんの顔面の再建形成手術を行ない、必要に応じ薬物などによる保存的治療や麻痺に対するリハビリ治療を行なっています。

新鮮例に対する治療は、麻痺発症後の経過が長くなく顔面表情筋の変性・萎縮が著明でない症例に行ないます。神経縫合術(切断された神経断端を縫合)、神経移植術(下腿後面や頸部の知覚神経を一部採取して、切断された神経断端同士の間に移植)、顔面交叉神経移植術(両側の顔面で上口唇皮下を通して交叉する長い神経移植を行なって、患側の末梢側の顔面神経を、健側の顔面神経の一部の枝と吻合)などを手術顕微鏡下に行ないます。陳旧例に対する治療は、麻痺発症後の経過が長く(1-2年以上)、神経縫合術や神経移植術などの顔面神経自体を修復する手術が適応にならない症例に行ないますが、神経、筋などの組織移植が必要になり、形成外科的手技が生かされる分野です。まず静的再建手術と言って、変性・萎縮が著明な表情筋の筋力では引き上げることができずに重力で下垂している顔面の組織を、大腿筋膜や耳介軟骨を利用して物理的に上に引き上げたり、下垂して弛んでいる分の皮膚を切除する方法があります。最近では動的再建手術と言って、顔面神経以外の神経(三叉神経)により支配される咀嚼筋(側頭筋や咬筋)や、新たに体の別の部位(大腿・背部・腹部など)から一部の筋肉を筋肉の支配神経と栄養血管を付けて採取して手術顕微鏡下に顔面へ移植し(神経血管柄付き遊離筋移植術)、これらの筋肉を用いて下垂部を引き上げる運動や顔面の表情運動を新たに作り出す方法があります。静的再建手術は安静時の顔の歪みを改善させる方法であるのに対して、動的再建手術は表情運動も改善させようという方法です。部位別には大きく分けると、目周囲と口唇周囲の治療に分けられ、一度に両方を治療する場合もありますし、別の機会に分けて治療する場合もあります。

当科で行なっている治療の特徴

顔面神経麻痺再建外来(複数科による統合的なチーム医療)

顔面神経麻痺患者に対する複数診療科の密接な連携による総合的治療です。顔面神経麻痺の特殊外来(月1回水曜日午前)を設置し、麻痺発症後の期間や症状に応じて眼科医、耳鼻咽喉科医と合同で診察・治療を行なっています。特に多岐に及ぶ症状を有する聴神経腫瘍切除後の麻痺や突発性顔面神経麻痺において効果を発揮しています。患者さんは複数科をぐるぐる回されることなく、一度に診察が受けられ十分な説明を受けることが可能です。

コンピュータ解析を利用した診断・治療評価

患者さんの麻痺状態のビデオの撮影画像を基に、コンピュータ解析によって麻痺の診断を行なったり、麻痺の回復過程・術後の治療評価を定量的に評価しています。このコンピュータ解析による定量的評価システム法は、慶応大学理工学部と共同で開発して臨床に導入し、治療に役立てています。また、動的再建手術の筋肉移植手術のコンピュータによるシミュレーションを行い、良い表情運動獲得のためにはどの部位に筋肉を移植するのが適切であるのか等を検討しています。

上・下口唇の動的再建手術

動的再建手術の神経血管柄付き遊離筋移植術において、より健常に近い表情の獲得を目的として、一つの筋体を分割して異なった数方向へ移植し、顔面の複雑な表情の再建を行なっています。

顔面非対称性変形に対するボツリヌストキシンを利用した治療

外来通院でのボツリヌストキシンの筋肉への注射により、手術をせずに顔面非対称性変形の改善が得られる治療法です。

再生医療技術を利用した治療

萎縮に陥った神経、筋肉、神経筋接合部を組織工学的に再生する研究を積極的に行い、実用化をめざしています。

Top

© 2019 Department of Plastic and Reconstructive Surgery, Keio University School of Medicine